<译文>
孔子は各人の心に生きているとされている。ところが、各人の心にそれぞれ違う孔子が生きているどころか、中華民族の魂に同一の孔子がいる。孔子というのは単なる歴史の人物だけでなく、中華民族の道徳価値を育む信仰の中心で、民族精神文化の象徴だ。彼が唱えた「仁」「儀」「礼」「智」「信」「忠」「恕」などは今まで、中華民族に崇められて実行されている。
私は曲阜(中国山東省南西部、津浦線の沿線にある都市。周代の魯の都。また、孔子誕生の地。魯の故城 孔子廟 孔子邸宅がある)を訪れた時、孔子が自分一人の力で、中華民族全体の文明を高めることに感心された。
周知のように、中国の春秋戦国時代は枢軸時代と呼ばれるのは、麻のごとく乱れに乱れた社会で覇権を握って数多くの諸侯がいるためではなく、老子、孔子、墨子、孟子、荘子、荀子、韓非子のような偉い人間がいるからだ。
それでは、、何故夥しい偉人が一斉にその時代に出てきたのか?彼らは何かに応じて生まれたのか?言うまでもなく、政治や経済などの要素から離れかねるが、しかし、もしこんなことばかり考えたら、我々人間の歴史はただ物質文明の歴史しかないだろう。人的な要素も考え入れば、孔子が浮き彫りになってきた。
「吾十有五にして学に志す」と孔子はこうおっしゃった。「学に志す」と言うのは一生を尽くし、
学問や道義を追い求めようと思う。「学びて優なれば仕う」という人間や「仕えて優なれば学ぶ」という人間だらけ時代は孔子に破れられた。彼らは学問または大きい学問を持っているが、でも、彼らの生涯は孔子とまるで違う。
「学に志し」孔子は「教え有りて類(るい)無し」の私塾を創立して、彼みたい「学に志し」人材を多く育てた。こうして、中華文明に最も大切なことが起こったーーー「学に志し」の思想が普及した。時にも官僚に務まる墨子、孟子、荘子、韓非子などは生涯職業として、儒家思想や学術を広めた。
このような人間がいるのおかげで、中華民族の人口構成に革命的変化が起こった。メンタフィジカや人生の価値を専門化に研究する人も出てきた。精神面および道徳面の問題が最も重要な問題となりつつあることは中国人の生活が質的飛躍を遂げた証でもある。だから、孔子の登場は中華文明の分水嶺だとされている。
孔子は偉くて、神聖で、少しも冒されない存在には疑いない。しかし、今や、孔子の思想を復活しようと言いながら、勝手に他の物事を嘲ったり、無闇に分解したりするという下心を持つ人間もいる。
「高山仰止、景行行止(高い山は仰ぎ、大道を晴れやかに往け)」と司馬遷はこわごわ孔子を仰ぎ見た。これは個人への尊敬と言うよりむしろ、「知其不可而爲之(これ其(そ)の(為(な)す)べからざるを知(し)りて、之(これ)を為(な)さんとする)」を求める精神への崇拝だ
ところが、私は何も古人に真似て行動することを唱えているわけではないが、ただし、何と言っても、伝統文化を勝手に拒否してはいけない。伝統文化を取り入れてこそ、中華文化の新生ができる。しかし、今や、名誉、権力、娯楽ばかり夢中する人間は常識も畏敬も失ってしまった。堕落や空虚の心をカバーするようにと、彼らは到底孔子の思想が理解できず、つい「孔子にもこれくらいじゃ」と軽蔑に言ってしまった。
高官が務また孔子は手に入った高い給料がなくなったので、失敗者だと言う人もいる。もし孔子は失敗者だと言えるなら、世の中には失敗者がいないところはないだろう。
一生懸命上って、いよいよ上りあがったが、いつか上から落ちることを心配する人間、また、最初から
失敗に気を掛かて、いざ成功したら、この実りが保持できるかどうか気になるのでびくびくと日を送る人間は孔子に嫌厭された。このように生きている人間こそ失敗者だと孔子は言った。
孔子が中国の歴史で最大の成功者であることは疑いない。
第一 中華民族の歴史で、彼のような社会低層出身者が聖人になったのは、彼きりなかった。
第二 孔子は教師として大成功だ。数多くの優れた人材を育てた彼は中華民族全体の文明を高まった。これから見れば、誰も彼と比較できないだろう。しかも、学生に父親と認められて、3年間も6年間まで服喪したのは、孔子のほか誰もいない。、
第三 学者として、孔子は非常に成功だというのは、彼が「「六経」」をまとめて、文化を広めたからだ。こうして中国の学術は彼を離れると、何もならない。
第四 政治家の彼は素晴らしい実績を取った。現実で腕を振ったにとどまらず、彼の政治主張もずっと後生に大きな影響を与えている。「仁」と「苛政は虎よりも猛し」は暴政を訴え、抗議する根拠となっている。
第五 伝統文化の代表として、孔子は中華民族の道徳、精神、民族性格や気質などを養いだした。こんな偉業が彼のみ達成した。
孔子と言うと、「「論語」」は思い出した。「「論語」」は中国のバイブルだ。古代中国、遅くとも漢代から、「「論語」」を習わない知識人はいない。「「論語」」では国や家や人格の理想のみならず、理想の国、理想の家、理想の人格にも描いた。甚だしきに至っては、「「論語」」は理想の文字にかかわる言語の手本になった。一千字余りの本は人間の精神史を含めて、政府にも民間にも認められ、世々代々に敬虔に信仰された。
中華民族の凝集力には生まれつきのデイメリットがいくつある。まず、領地が広くて、人口が多い。こんな中国で交通も通信も発達しない古代にみんな一体をするのは手を焼くことだろう。次に、中国では同じ宗教心がない。国の統一を目指し、交通も通信も発達していない時代に広々としている土地に暮らした人々の心を結んで 、何千年の文明を発展しつつあるのは奇跡ではなかったら何だろう。孔子、孟子、老子、荘子や「「論語」」が出てきてこそ、この奇跡が起こった。
古代中国にいる限り、都の子であろう田舎の子であろうみんな「「論語」」を勉強していた。本を開きかけて、「学(まな)びて時(とき)に之(これ)を習(なら)う。亦(また)説(よろこ)ばしからずや」と読む子供たちはどこにいても、育っている彼らが価値観や文化信仰が同じようになった。こうして「「論語」」は民族の凝集力を高めるに重要な役割を果たしている。
「君子(くんし)は上達(じょうたつ)し、小人(しょうじん)は下達(かたつ)す」と孔子はこうおっしゃった。「「論語」」は人間の道徳向上を示唆する聖経だ。人間は道徳も責任も持つ生き物だ。自分自身の道徳心を養成すると共に、道徳律に従って、暮らすべきだ。それに、道徳的な社会を実現するに力を尽くすべきだ。孔子の話ではこれは「天命」だそうだ。これを認識して上、実行するのは君子だ、反に、小人だ。こうして、人間は動物と区別され、人間の意識が目覚め、文明社会に入る。そのため、「「論語」」は人々に生死を超える知恵を教えて「人間の目覚め」だと言われる。
「「論語」」に収録するのは孔子の言葉だけでなく、顔回、子路、子貢、子張など優れた人間の言葉も集め込んだ。「「論語」」にも次のような記事がある、孔子は何人かの学生の上品さを見て、大喜んできた。多分孔子は教育の目的、また、最高の境界が「気質を変える」ことだと考えるだろう。よい先生は生徒の気質を変えられるように、孔子と「「論語」」は中華民族の優れた気品を養った。
<中文原文>
人们常说,人人心中都有一个孔子。但是,不仅人人心中有一个“不同的孔子”,中华民族心目中还有一个“共同的孔子”。孔子不是简单的历史人物,他是中华民族道德信仰的核心,整个民族文化精神的象征。中华大众所崇尚并践行的仁、义、礼、智、信、忠、恕等等,就是孔子提倡的。
我拜谒曲阜三孔,有一个深刻的感受:孔子,以他一个人的力量提升了整个民族。
我们知道,中华民族的“轴心时代”,就是春秋战国时代。这个血与火的时代之所以被后世推崇,不是因为那些残忍嗜血的诸侯,而是因为一些在历史的星空中永恒闪耀的名字:老子、孔子、墨子、孟子、庄子、荀子、韩非子……
但是,我们要思考的问题是:这些人为什么会在那个时代出现?是什么力量催生了这些伟大的哲人?当然,我们可以说,是政治、经济等“物”的因素。但是,“人”的因素我们也不能抹杀,否则我们的历史就仅是物质史了。而说到“人”的因素,有一个“人”就凸显出来,这就是孔子。
孔子说自己“十有五而志于学”。“志于学”就是立志于终生追求学问和道义的意思。孔子之前,没有这样的人,只有“学而优则仕”的人和“仕而优则学”的人。他们中也有人有学问,甚至是大学问,比如老子、子产、晏婴。但是,他们终生的事业,并不在此。
孔子之后,有很多这样的人。这是因为“志于学”的孔子,创办了“有教无类”的私学,培养了更多像他一样“志于学”的人,普及了“志于学”的思想,这是中华文明史上开天辟地的大事。墨子、孟子、庄子、荀子、韩非子……他们确也偶或做官,但是,他们终生“志于学”,以倡导思想学术为终生事业。
有了这样的人,中华民族的人口结构就发生了革命性变化——人群中,出现了专门关注形而上问题,关注彼岸、承担价值的人;中华民族的生活出现了质的飞跃——精神问题和道德问题成为首要问题。并且有了专门的精神家园打理者和守护者。所以,可以说,孔子是中国文明史的分水岭。
这样的人,无疑是伟大的、神圣的,不容亵渎的。
但现在,有一种声音,以“还原孔子”为幌子,动辄戏说、解构,轻贱一切,这是不对的。
被后世称为“文史之祖”的司马迁,面对孔子的时候,也难免战战兢兢,他说他对孔子是“高山仰止,景行行止,虽不能至,然心向往之”。这不仅是对一个人的敬仰,更是对他所代表的价值及其“知其不可而为之”的精神追求的敬仰。
我并不是提倡对古人亦步亦趋的崇拜,但民族文化中传承下来的精神火炬,也确实不应动不动就打倒在地。中华文化的新生,说到底,还是要在继承的基础上生发。今天一些缺乏常识和敬畏心的人,在麻将桌、酒肉场、名利场中厮混,对孔子的思想追求和人生境界缺乏“同情的了解”,一句轻飘飘的“孔子不过如此”,其实掩盖的只是价值沦陷和精神空虚的病症而已。
还有人说,孔子是个失败者,因为他当过很大的官,且有过很高的俸禄,不过后来都丢了。但是,这样就算失败吗?那茫茫人海,谁不是失败者?
孔子很讨厌那种患得患失的人:一门心思往上爬,爬上去以后,又忧心忡忡怕掉下来。一开始忧患于不成功,成功后又忧患于不能保持成功。孔子说,人一旦到了这种境地,就完了。那才算真正的失败呀!
而孔子呢?孔子是古往今来,中国历史上最大的成功者。
第一,他做人,很成功。
一句话,他由一个社会下层的普通人,成为“万世师表”的“圣人”,这是中华民族古往今来恒河沙数的人群之中,独他一人达到的境界!
第二,他做事,很成功。
做老师很成功。古往今来,还有哪一位老师,像他那样培养出那么多顶级的人才,在整体上提高了中华民族的文明程度?还有哪一位老师,被学生看成父亲,死后为他服丧守墓3年,子贡更是守墓6年?
做学者很成功。他整理六经,传播文化。中国学术,就是在他的基础上建构起来的。
做政治家很成功。他不仅曾经在现实政治里大显身手,更重要的是,他的政治理念、政治理想,成为“道统”,一直约束着、引领着后世的政治和政治家。他的“仁政”理念,他的一句“苛政猛于虎”,一直是后世反抗暴政、起诉暴政的道德依据。
做思想家很成功。以他为代表的传统文化,塑造了中华民族的道德、精神,民族性格和气质。还有比这更伟大的成功吗?
说到孔子,不能不提到《论语》。《论语》是中华民族的圣经。在中国古代,至少从汉代开始,这个民族的所有读书人没有不读《论语》的。《论语》关乎家国理想或理想的家国,关乎人格理想或理想的人格,甚至,它还是语言范本,关乎理想的文字。它获得国家意志的供奉,也获得民间道义的认同,一本一万多字的小书,在一代一代人的虔诚阅读和信奉中,嵌入了人类的精神史。
要知道,从民族凝聚力的角度来说,中国有两大先天不足的严重问题。
第一,国家幅员太辽阔。幅员辽阔包括两个意思:土地广阔和人口众多。在这么辽阔的土地上,在交通、通讯都不发达的古代社会,要把人民凝聚起来,实际上是非常困难的。
第二,中国没有全民信仰的宗教。
交通不发达,信息不畅通,没有宗教,把幅员辽阔土地上的众多人口凝聚成一个国家,形成强大的向心力,保持几千年文明的延续,这几乎是一个奇迹。这个功劳要算在谁的身上?必须算在孔孟老庄这些人身上。而《论语》是中华民族的核心凝聚力。
在漫长的古代,不管你是京城的孩子,还是偏远山区的孩子,只要是在中国版图之内,孩子们学的都是《论语》。所有的孩子翻开课本,读出的第一句话都是“子曰:学而时习之,不亦说乎!”这样教育的结果是什么?就是人民虽然相距遥远,无论是哪里的孩子,他们长大以后,价值观是一样的,文化信仰也是一样的。所以,《论语》起到了凝聚整个民族的作用。
《论语》是提示人道德向上的书。孔子说“君子上达,小人下达”,《论语》告诉人的是,人是有道德责任的,人不仅自己要过一种道德的生活,养成道德的人格,履行道德义务,还负有建设道德社会的责任。按孔子的话说,这就是人的“天命”。认知并履行这样的天命,便是君子,否则,就是小人。从这个意义上说,《论语》是“人的觉醒”,是人作为一个“人”的觉醒,是人脱离动物、进入文明的标志,一句话,《论语》使“人”有了“终极关怀”。
《论语》所记,不仅是孔子这样的“圣人之言”,而且还是一群“大人之言”,在这部书中留下言论并足以砥砺后人的,还有曾子、颜子、闵子、子路、子贡、子张、子夏、子游、冉求………这些人天赋有异,各有不足和缺点,孔子也都一一指出过,但他们从不求田问舍,患得患失,猥琐小气,都不失为“大人”。
《论语》中有一则,记到孔子和几个弟子在一起,弟子们或訚訚如也,或侃侃如也,或行行如也,都很有气质,孔子很高兴。要知道,教育的目的,就是“变化气质”,教育的最高境界也是“变化气质”。
一个好的老师,能让他的学生变化气质。而有一个人,有一本书,能让一个民族变化气质,这个人就是孔子,这本书就是《论语》,这个民族就是中华民族,这种气质就是“文质彬彬”的君子气质。(鲍鹏山 )半月谈
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